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2014年9月

2014年9月25日 (木)

リサイタル終了 その3 愛

西宮のコンサートで無事に弾き通せたことに 少し安心しましたが、それでも、トラウマが大きく、まだ完全に安心はしていませんでした。

そのころ、恩師からお手紙をいただきました。
「音楽に委ねなさい、作ろうとせず、演出しないこと」
と書かれていました。
技を磨いて練習していくとき、10回弾いても10回、全く同じようにはなりません。
しかし、こういう風に・・という方向性は決まってきます。
音を確実に弾く作業も反復練習で確かなものにしていきます。
しかし、そればかりをやりすぎると、「音楽で語る(弾く)喜び」が摩耗していきます。
俳優になった気分である感情を表現して、同じセリフを何万回も続け様に言ったらどうなるでしょう。何もなくなります。音(オン)だけが発せられても意味がない。
ですから、音楽も練習はやりすぎてはいけないと思います。
しかし、真面目な性格であればあるほど、満足できないのは何かが足りないからだ、とまた練習に舞い戻ってしまうこともあります。
そうやってドツボにはまり、疲れ果て、どうにもならなくなったと感じた矢先、ふとテンポのことが気になって、昔の恩師のレッスンテープを確認してみることにしました。
聞き始めた途端に、そこに「音楽への愛」が満ちあふれていることに、そしてそれを私が見失っていたことに気付きました。
一番、根底になくてはならないものは、その作品、もっと大きく言えば、音楽への愛です。
瞬時に私はそれを再認識して、愛を取り戻しました。
その先生から、またメッセージを受け取りました。
「愛こそが音楽を完全なものにする」と。
愛に満たされている時、恐怖は襲ってきません。
緊張はありますが、自分を厳しく裁かなくなりました。
ミスをしないようにとか、完全に弾きたい、という気持ちはなくもないですが、「未来」というまだ来ていない時間をそのようにコントロールすることは不可能なのです。
ですから、その音楽の流れに任せてその時に生まれでるように弾くのです。
舞台で弾きながら、思った事があります。
「私は裸ん坊」という気持ち。
言葉のとおり、隠したって全部持っているもの、持っていないもの、見えちゃってるよ、という感覚。
そしてこうならなければ!と固くなって踏ん張るのではなく、こうなってもああなってもいいかぁ・・みたいに「しなる」ことが強さなんじゃないかなということ。
行き当たりばったりがいいということではないです。
でも、もし、愛が根底にあれば、(音楽が心から出ていれば)別に音を少々間違えようが、どうなろうが気にならないし、それで構わないのです。
完全に音を間違えずに弾いてもそこに愛がなければ全く人の心に訴える事はないでしょう。
音楽は時間の芸術ではあるけれど、最近ものすごく波動で受け止めるようになってきました。
人と会って、話をそうしないうちにこの人、こういう感じの人なんじゃないかなっと感じるのと似て、弾き始めた途端、あるいはどこかしら2、3秒聴いただけでも、その全体がどういうものかどうかわかるのです。
その人と音楽(楽器?)との関わり方がすぐにわかります。
今回あれ?っと思った変化がありました。
もしかしたら一時的なことかもしれませんが、私は普段電話ぎらいで、かかってくるのは構わないのですが、自分からかけるのは本当に苦手でした。
しかし、そういう気持ちがパッタリ無くなり、きのうは何人かの方にお電話をかけたりしていました。
電話しなきゃ・・が、電話してみよう、となっていたわけです。
ホールのドアマンさんのお顔もしっかり見ました。
これまで、目を伏せていく事の方が多かったようにも思いますが、前は余裕がなかったのでしょうね、今回はしっかりお目目を合わせていましたね。
そういえば、前日に泊まっていたホテルのフロントのお兄さんもいい感じの方でした。
目を合わせて、そんな自分に自分であらら?と思いました。
リハーサルの時もあらら?と思ったのは、私は一人きりのリハーサルって以前はとても好きでした。しかし、今回リハーサルの時、そこに居合わせた人に向かって弾いている、人を対象にして弾いている自分がいました。
そして誰もいなくなった時に、あら、音を届ける人がいなくなっちゃった・・と思いました。
不思議です。
生きるステージは変化し続けます。
自分が変わると回りにいる人も変わります。
変わらずにずっとそばにいてくれる人もいます。
これからもご縁のある方に素晴らしい作曲家の作品をお届けしていきたいと思います。

リサイタル終了 その2 苦悩

身体の調整と練習、できることは全部やっているはずなのに、9月初旬、大変ショックなことがありました。
ホームコンサートの当日、リハーサル時、頭がいつもと違う働き方をしていることに気がつきました。どういうわけか左手ばかりに意識がいきます。そしてわからなくなったり、混乱したりで、まあ、アナウンサーに例えると、どもる、言い間違える、言う事を忘れる、という混乱の極みに陥ってしまいました。
その日のホームコンサートは今まで経験したことのない傷だらけの出来でした。普段はミスがあってもだんだんに自分を取り戻していくのですが、その日は最後までおかしく、いよいよ頭の回路のどこかが切れて、このまま廃業においこまれるか・・と思いました。
幼少の時にお習いした先生にお電話したら「そんなこともあるわよ、今までが出来すぎてたんじゃないの?」と言われましたが、なかなか不安は消えません。
何かいつもと違うことをしたんじゃ・・・・?と考えて見たら、ひとつ思い当たる事が・・・。
それは、よかれと思って数日前からきいていた自然音(波音)のCDでした。
自律神経に働きかけるといううたい文句で数日ずっとそれをかけていたのでした。
今でも原因は定かではありませんが、とにかく、それを聞くことをやめ、あとは疲れないようにすることにしました。
そしてその忌まわしい体験から抜け出そうと、2日後、神戸に向かい、サロンコンサートでした。その模様は先に書きましたので、省きますが、今度はそういうことも起こらずに弾くことができました。
元々住んでいた関西の地を懐かしく感じ、ホテルもとっても気持ちのよい素敵なところで、お客様もほとんど知り合い、リピーターの方が多いことがリラックスさせてくれたのでしょう。
つづく

リサイタル終了 その1

王子ホールでのリサイタルを終えました。

たくさんの方々にご来場いただき、ありがとうございました。
facebookを機に、なんと小学校時代の同級生とつながって、その友人がコンサートにいらしてくださったり、まあ、西は神戸、京都、名古屋、浜松などの遠方からもいらしてくださった方もあり、本当に感謝です。
今回は4人の作曲家の作品を演奏しましたが、それぞれに分けてゆっくりと準備してきました。
それはある超有名な大ピアニストの演奏会に行ったとき、ひとつひとつのプログラムが実に丁寧に仕上がっていて、行き届いた懐石料理をいただいたような気持ちになったことがあり、そういう風に一気に勢いでやらないで丁寧に仕上げていこうと決心したからなのでした。
1曲弾くだけでも大変でしたが、それが重なって、リサイタル全体のプログラムとして立ちはだかったとき、それはそれは、大変な重圧でした。
特に今回核となったメトネル、最後の最後になってものすごく苦しみました。
何度弾いてもどこかに傷があったり、コントロール仕切れない手に負えない感があって、でも、そのたびに、最初に感じた「この素晴らしい音楽を絶対に紹介したい」という強い熱意を思い出し、舞台までこぎ着けました。
プログラムの中に難しいものが入っている事によって、他のより気楽なものまでもが影響を受けて難しいものに感じてしまう、ということも体験しました。
例えていうなら、フィギアスケートで4回転のジャンプが入っている、それをなんとしてでも飛ばないとと思ったとき、普段楽々飛べる難易度の低いジャンプが抜けてしまったり・・とまあ、そんな感じ。
そういう苦しい思いをしてやっと、この難しさゆえにあまり弾かれないのだなということをやっと認識する始末でした。
4年くらい前のコンサートで全部弾き終えて楽屋に帰ってきたら手の指がキ〜ンとつってしまったことがあり、それからしばらくその場所に違和感を覚えていました。
ですから、今回は、そういうことにならないように、無駄な力が入らないようにすることも課題でした。
更には、途中で身体が固く凝り固まってしまったり、頭が疲れて動かなくなってしまったりしないように、と普段からの体力作りや精神面にも気を配りました。
自分ではできる、と思っていてもできなくなっていることが多くなったこの頃、何事も頑張りすぎないようにと、いろんなこともさぼりました。
頑張ってやっていると、疲れて舌を噛んでしまったりして、突然身体が「注意!」と教えてくれます。
律動法とかいう治療の先生のところにも通い、調整していただきました。これは私にはとてもあっていたようです。
つづく

2014年9月10日 (水)

関西演奏旅行

久しぶりに関西へ演奏しに行きました。

茨城〜神戸の便があるということで、初めて地元の空港を利用してみましたよ。
茨城空港、着いて見たら飛行機、1機もいない小さな空港でした。
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コンサートの時に休憩中に皆さんに食べていただけたら、と空港でかりんとう饅頭をおみやげに買い込みましたよ。
海の上でなく、内陸の上を通る路線でしたから、丁度窓際でしたし、しばらくは下をみていたのですが、そのうち雲で見えなくなりました。
神戸空港に着く手前にはかなり飛行機、揺れました〜。
神戸空港から三宮のホテルへ直行。
夕食時でしたので、お食事に出掛けました。
お食事セット2980円という案内を見て、このへんでいいっか〜とお店に入りました所、結構「イイ」お店でした。
チャンピオン神戸牛とかで120g、8000円というのが最低のお値段でそれにお食事セットなのでした。
一瞬たじろぎましたが、まあ、これも何かのご縁と思い、、そちらをいただきました。
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さすが、品質がよい!素晴らしいお肉でした。
大変満足して帰りました。
さて、翌日は西宮北口の松尾サロンへ。
エレベーターで立つのが右だったり、やんわりと感じられる大阪弁や、昔懐かしのあずき色の阪急電車、関西だな〜と和みながら、向かいました。
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今回は知人、友人がたくさんかけつけてくださいました。
幼稚園の時から知っているおばさま、小学1、2年生の時のピアノの先生、中学生の時の英語と音楽の先生、中学校時代の同級生、神戸サロンコンサートでお世話になった方、若い頃から知り合いの調律師さん、留学の時に飛行機でお隣に乗り合わせてお友達になった方など、本当に皆様、お一人お一人がご挨拶申し上げたい方々でした。
今回のプログラムを弾くのは2回目でしたが、1回目のズタボロとは違って、皆さんに笑顔で帰っていただけるようなコンサートとなりました。
ほんわかした関西の雰囲気に包まれて緊張感もあるのですが、弾きながら感謝の念が湧いてくるかけがえのない時間でした。
そのあと、お二方、個人レッスンをさせていただき、若いかたとの交流を深める事も出来ました。
夜、新大阪に出て、帰路につきました。
お世話くださった先生が持たせてくださった手作りのバナナケーキをいただきながら、しみじみとまた行きたいなぁと思った関西でした。
家に帰りましたらおびただしい家事が待っておりました。

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