« シューマンコンクール1989⑭ | トップページ | シューマンコンクール1989⑯ »

2020年6月15日 (月)

シューマンコンクール1989⑮

[6月15日]本選最終日と結果

いよいよ本選最終日である。

今日はソ連のリャードフと、フランスのル・サージュが登場する。


  Img_7256
(ヴィクトル・リャードフ)
 
リャードフはタチアナ・ニコライエワ先生の弟子で、私も期待して聴いていたのだが、第3楽章で思わぬハプニングが起こった。
弦が切れてしまったのである。
そこを弾くたびにジンジンと耳障りな音がする。
彼はソロが休みの間になんとかその切れた弦を引き抜こうと懸命になったが、そのために集中力が乱れ、思わぬミスが連発された。
それまで創造的な音楽を作っていた彼には悲運だった。
 
2人目はフランスのル・サージュ、24才である。
強烈というのではないが、努力の積み重ねを感じさせる誠実な演奏。
聴衆も好感を持ったのだろう、足をばたつかせて大喝采だった。
 
Img_7257(エリック・ル・サージュ)

 
3日間にわたる6人の演奏がすべて終わった。
私と仲良しになった取り巻き応援団の皆は、ル・サージュと私が1、2位を争い、メルニコフが3位だろうと話している。
 
ホテルに戻って彼らとお茶を飲んだ。
レストランには審査員の先生方も次々とやってくる。
このコンクールでは審査員は点数を提出するだけで、実に単純明快、話し合いなどは一切ないそうで、誰が誰に何点を入れたかもわからないし、審査委員長が合計点を出すまで審査員自身も結果を知らないそうである。
1、2時間したら結果が出るだろう。
 
しばらくして、向こうの方がざわめき始めた。結果が食堂で発表されるらしい。
私を応援してくれた東ドイツのアルムートとオルトルンが、腰を上げない私を無理やり食堂へと引っぱっていく。
 
審査委員長から発表があった。
「ピアノ部門の1位は、フランスのエリック・ル・サージュ」
歓声が上がり、彼の取り巻き応援団は大変なはしゃぎようだ。
しばらくして落ち着いてから「2位は、日本のサチヨ・ヨネカーワ」と、私が呼ばれた。
アルムートとオルトルンは私を抱きしめ、ほっぺにキスをしてくれる。
「3位はソ連のアレクサンダー・メルニコフ」
16才の少年の顔があどけなく笑みに崩れた。
 
ここまでが入賞者で、あとの3人はディプロムを得ることになる。
4席目はミハイヨク、5席目はリャードフ、6席目はスチコフだった。
続いて声楽部門が男性部門、女性部門と発表され、特別に最優秀伴奏者賞が1人の女性伴奏ピアニストに与えられた。
  
Img_7260 
ラング先生はどこ?
私は人をかき分けるようにしてラング先生のもとに歩み寄り、御礼を申し上げた。
先生はとても嬉しそうで「大成功おめでとう」と言ってくださった。
 
Img_7247  
 
ラング先生はレッスンの際、物凄く厳しかった。
1小節弾いたところで「帰れ!」と楽譜を投げられたこともある。
感性が鋭く気性の激しい先生なので、レッスンに行くのは本当に怖かった。
しかしそんなことを乗り越えての今、私は先生に心から感謝した。
 
アルムートとオルトルンが、レストランで乾杯をしようと言う。
日本への国際電話をホテルの受け付けに頼むと、繋がったら知らせてくれるというので(1、2時間かかるそうなのである)5、6人集まって飲み始めた。
 
Img_7071
  
ラング先生もしばらくして我々に加わった。
ラング先生は審査委員長のツェヒリン教授から、私とル・サージュは1点差で、2人が3位以下を大きく離していたということを聞いたという。
 
よくコンクールで審査員に自分の先生がいると有利だといわれるが、今回ラング先生は自分の弟子だからといって私に甘い点を与えるということはしなかったのだそうだ。
というのは以前、あるコンクールで審査員が自分の弟子に特別よい点をつけ1位にしたが、その後大した活躍をしていないという例を知っており、審査員たるもの公平に審査をすべきだという信念を持っておられたからだ。しかし1点差!ちっ、と舌打ちされていらした。
 
また、私はそのとき初めて知って驚いたのだが、コンクール期間中にラング先生の奥様のお父様が亡くなられたとの連絡があったものの、先生はザルツブルグには帰らずここに留まって審査を続けられたのだそうだ。
私たちはその話を聞いてしんみりしてしまった。
アルムートはラング先生に感激して、ぜひ奨学金を得てモーツアルテウムの夏期講習に参加したいと夢を膨らませていた。(東ドイツ人が国外に出るのは大変困難なことなのである。)
 
1時間半程して日本に電話が繋がった。
ツヴィッカウから初めてかける家族への電話であった。
 
つづく

« シューマンコンクール1989⑭ | トップページ | シューマンコンクール1989⑯ »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« シューマンコンクール1989⑭ | トップページ | シューマンコンクール1989⑯ »