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2020年6月18日 (木)

シューマンコンクール1989⑰

[6月18日]賞金は物に変えて

 
全ての演奏会が終わり、次々と仲間が国に帰っていく。
私も本当は今日、ザルツブルクに戻るつもりだった。
 
ところが問題は賞金5000ドイツマルク。
両替もできなければ国外に持ち出すこともできないというのである。
使い切るしかない。
 
あいにく今日は日曜日で、店はどこも閉まっている。
ル・サージュは昨日、楽譜屋で店が開けるくらいたくさんの楽譜を買ってフランスへ送ったという。
メルニコフは大量の靴を買っていた。
 
運営委員のハイン夫人に相談すると「何か買いたいものはありませんか?マイセンの陶器はどうですか?」と提案された。
マイセンの陶器・・・私は陶器がとても好きだし、早速それが欲しいと伝えた。
ところがマイセンの陶器はそこら辺ですぐに手に入るわけではないらしい。
ハイン夫人が四方八方に手を尽くしてくれ、明日の月曜日、わざわざ私一人のためにマイセンの工場へ車を一台走らせてくれることになった。
全くこのコンクール事務局はどこまで親切なのだろう!
 
それに加えてアルムートが、私が一人でホテルに残るのは可哀想だと、食事も一人でしなくてはいけないのは寂しいだろうと、月曜の朝まで私と一緒にいてくれるというのである。
 
彼女は東ベルリンで勉強していて、翌日東ベルリンに戻ったが、それまで私たちは湖でボートに乗ったりしていろいろお喋りを楽しんだのだった。

Img_7062(アルムート、私、ハイデさん)
 
アルムートのお父さんは月1200マルク、お母さんは600マルクの収入があるという。
それで贅沢をしない程度に暮らしていけるというのだから、私が得た賞金は東ドイツの人たちの3ヶ月分くらいの生活費にあたるようだ。
 
コンクールが終わり、外部の人たちがホテルに出入りするようになってからはコンクール中の良い雰囲気が消滅してしまい味気なかったが、アルムートが私と共にいてくれることは心強かった。
 
つづく

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